招かざる客? でも来てくれた方がいい

 田植えのとき、屈んで苗を植えていると背中の方から「グェ、グェ」というくぐもった低い鳴き声がよく聞こえてきます。振り返ってみると、カルガモの親子です。子ガモが6羽と親ガモが1羽。植えたばかりの田んぼをスイスイと泳いでいます。この2週間くらいいつも見かけました。
 近くのアシの茂みから隣の田んぼを横切って現われ、親ガモに続いて、一列縦隊か二列で来て、ゾロゾロッと水に入ります。見ているととてもかわいい。最初は握りこぶしの大きさだったのが、成長の早いこと、日に日に大きくなって行きます。

 田植え直後の田に入ってくると、思わず、「おーい、止めてくれ、そこは植えたばかりだぞー」と叫んでしまいます。7羽で動くと植えたばかりの苗が転んで浮いてしまうのです。
 そうは言っても、追うことはしません。やはり来てくれた方が嬉しいからです。こちらの気持ちを知る由もなし、彼らは気持ちよさそうに泳いでいます。こちらも、後ろの方でグエグエ言いながら泳いでいるのをチラッと眺めながらの田植えです。
 ところで、眺めていて疑問に思ったことが二つありました。
 ひとつは、親が1羽しかいないこと。鳥は一夫一婦が多く、両親で子育てをするものだと、漠然と思っていました。いつ見ても、カルガモは1羽の親が子を引き連れていました。
 もうひとつは、彼らは何を食べているんだろう、ということです。とにかく成長が早い、野球のボールが転がっているようだったのが、1週間で倍以上の大きさになりました。
 調べてみたら、わかりました。
 まず、最初の疑問。カルガモは卵を産むまでがつがいで、生まれたら父親はどこかに行ってしまうそうです。それも、巣づくりはメスの役割でオスは一切関知しません。だから、夫婦でいる期間は12月ころから3月頃までの、わずか数ヶ月で、後は全部メスが子どもの面倒をみます。
 母親1羽で家づくり、子育てをするような仕組みを、自然は創ったわけですね。ふーむ、カルガモはすごい。立派! 立派です、母親の健気なこと! 人間の気持ちからすると、大変だろうな、と思うのですが、自然の仕組みなのです。
 それに比べたら父親は何ということか。子をつくったら、後は頼んだぞと出奔するだけ。何とも言いようがありません。自然は、カルガモはそれでいいんだ、としたわけです。それで種の保存ができるような仕組みが全体としてあるのです。
 我々人間世界の常識で考えたら、へぇーっと思うような、これと似た自然界の出来事や現象がたくさんあります。テレビの自然番組では時々出てきます。このように、いろいろな仕組みを持った動植物がたくさんいて共存していることにもっと関心を持つべきでしょう。
 話がそれました。カルガモの事情を知ってみると、母親の行動は神々しく見えてきます。これについては後で。
 次の疑問。何を食べているのかです。カルガモは、草の実や葉、タネなどを主に食べる雑食性です。親子を見ていると、水の中でいつもくちばしを水面に浸けてパクパクさせています。あの行動が何かなぁと思っていたのですが、雑食性ということから推理すると、おそらくこういうことで間違いないでしょう。
 田んぼの代かきをすると、耕運機の刃でセリなどの草を細かく切り刻んだり、目を出し始めたヒエのタネを切ったりします。そういうものがたくさん水に浮かんでいて、場所によっては流されたり吹き寄せられたりで厚くたまっています。
 これがカルガモの御馳走になり、水を漉しながらパクパクと食べているのです。代かきをした田んぼがカルガモのエサ場になり、それで毎日家族でやってくるのです。育ち盛りの子供たちのお腹を一度に満足させられる場所といえます。
 
 夕闇迫った田んぼの畔。カルガモ親子は遊んだり食べたりした後、畦にあがって一休みしています。土の塊のように見えますが、子供たちは左の方にいます。首を引っ込めて眼を閉じたり毛づくろいをして休んでいますが、そんなときでも、母親は、首を上げて周囲を観察しながら危険の到来に備えています。どんな時でも子どもたちから少し離れ、常に周りに気を配っている母カルガモの愛情を感じます。
 母親の視線の先に、一つ向こうの畔に佇む1羽のカモ。偶然映っていました。これは出奔した父親が子を見にきた図です。母親は、何しにきたの、という感じです。
 人間の感情移入をすると、こんなことになるんでしょうか。そんなことはないでしょうが、向こうのカモは明らかにこちらを気にしながらしばらくいましたが、親子の頭上を羽ばたいて去っていきました。
 母親は強し。女性は強し。
 自然の仕組みに感動。
 カルガモの親子が田んぼに来ることからいろいろなことが学べました。