田が荒れる

 震災関係のテレビを見ていて、コメ作りの話になると、必ず出てくる言葉があります。
 「田んぼは1年でも耕さないと荒れてしまう」
 このコメントがよく出ます。農家の発言として、あるいは、レポーターやアナウンサーが農家を取材したコメントとしてです。稲作に関して何か枕詞のように語られるので、これもマインドコントロールが効いている証拠。国民が催眠状態になっている分野なのです。
 これは全くおかしいコメントです。これほど自然の実態を知らない発言はない。専業農家だからといって、自然のことを知っているとは限らない。
 今やコメづくり農家は、冷暖房付きのトラクターのキャビンから田んぼを眺めているだけ。田んぼの生き物のことなど関心もありません。ただ生産性と効率のことだけ。それは今のコメ作りの仕組みからそうならざるを得ないのだが、それは取りあえず置いておく。ここは「田が荒れる」ことに関してです。
 耕さなければ田んぼが荒れることは決してありません。耕さなければかえって自然の恵みで田んぼは豊穣になります。この「豊穣」の意味は、収穫後、トラクターで季節ごとに何度も耕運する農家には、恐らく意味が分からないと思います。
 「荒れる」ことはない。草刈りと管理の技術で、田はいわゆる多面的機能を発揮する。草刈りと管理の技術次第、田んぼを遊ばせておいて、いざという時に備えられる社会的・農業的技術とコンセンサスを創造することが必要なのに、そういう議論は起こりません。
 TPPの議論もコメを問題にするなら、鎖国の決意と自然を活かす知恵がなければならない、といつも思う。反対と言っていればJAの理屈に飲み込まれ、所詮は金のぶんどり合戦になるだけ。ガットウルグアイの二の舞になるだけだと思う。