古い本が復刻

数日前の新聞一面の本の広告を見て、あれっと思いました。
『自然の権利』(R・F・ナッシュ 松野弘訳 ミネルヴァ書房)の広告が出ていました。“待望の名著復刻”とあるのは、以前に刊行されたということです。
 この本の原著The Rights of Nature, A History of Enviromental Ethicsは1990年にアメリカで出版され、日本語版の出版は3年後の1993年です。私は20年前に、TBSブリタニカ社(現阪急コミュニケーションズ)の依頼でこの本の編集・制作を行いました。
 その後筑摩書房で1999年文庫本化され、長い間品切れ状態になっていました。だからミネルヴァ書房の出版は“待望の名著復刻”となります。ネットオークションではかなり文庫本が出回っていますが、TBSブリタニカ版も結構高い値段で出ています。
 現代の人間中心主義の環境思想の起源を、歴史的、宗教的、哲学的、倫理的に振り返りながら自然の権利を正当に評価しようとする学問的大作です。我々人間が当然の如く行使している自然の支配という特権は許されるのか、という根本からの問い。人間の生き方、文明・社会の根源的なものを考えさせられ、読み進む中で心を揺さぶられていくのは、この種の本では経験したことのない読書の醍醐味でした。
 細かい内容は忘れましたが、この本から学問への尊敬と人間と世界を動かす巨大な価値、原動力を感じました。一読者としてその感じたものを伝えるためには、“読んで分かる”本にしなければなりません。翻訳書の場合、特にそうです。異文化の偉大な知的成果を思考や言葉の違いを乗り越えて読者に伝えていく努力は、訳者、編集者の別なくしなければなりません。
 出版社が持てあましていた原稿を引きうけたのですが、544ページにもなった膨大な原稿に私も悪戦苦闘しました。学術的に原文忠実と読んで分かることの間(はざま)を行きつ戻りつしながら、いい本だから読んでほしい、という一念で編集しました。
 自然の体系の中のほんの一部にすぎない人間が、原発の事故によって他の地球を構成する膨大な自然を道連れにして破滅させてしまっていいのか――いま現実に、この問いが突きつけられています。留まるところを知らない快適な生活を、自然に反する技術によって求めていいのか――いま正に一人一人に問われています。
 この本は、技術論や経済論では到底届かない原発廃止の根拠を哲学的に考え直す機会を与えてくれます。また、日常の思考の範囲で錆びついた頭に、新鮮な思考を呼び覚ますのではないかと思います。
 時宜を得た出版だな、とかつてこの本の編集を行った者として喜びました。