直接支払う先はどこか――TPPについて

 完全自由化されれば、最も影響が出るのはコメです。
価格が大幅に下がることは、需給の原理からして理の当然。しかし、専門家の検証は、農水省や農協のいう「日本のコメ農家壊滅」はあり得ないという。内外価格差は縮まっているので、言われるほどダメージはないらしい。大体、農水省だけではありませんが中央官庁は自省の権益に関わることは誇張して発表するのが常だから、ここは検証専門家の言葉を信じたいところです。
 そして、10年前を振り返ることが大事なことです。
 この30年の農水省のコメ政策をみれば破綻は明らか。“断固反対”の農水政策を延長して無駄金を使う方向はあり得ない。ウルグァイラウンドの対策として農村につぎ込まれた6兆円の税金の使われ方とその結果はどうだったか。私たちは、とくと考えた方がいい。地方の疲弊の一因ともなり農業の改革に何の役にも立たなかったウルグァイラウンド対策事業費の馬鹿馬鹿しさについて繰り返し、何度でも検証すべきです。
 この需給の原則の「理の当然」に立ち向かう農家も出始めています。先日、夜中のNHK農業番組に出た農家は、TTPが農業変革への最後のチャンス、開国に立ち向かう、とはっきり言っていました。こういう農家へ価格差を保証して収入を維持する直接支払いを行うことは分かりやすい。関税で消費者が間接的に負担する方法よりも、誰でも納得できるのではないかと思います。
 しかし、直接支払いには、国際競争力の維持のための大規模農家向けとはまた別の道、別の保護対象があります。有機農業(農薬と化学肥料を使わない農業の総称)です。私は、日本の将来の農業の進む方向として、これを声を大にして強調したい。あくまでもマクロで見る習性の専門家には、現状でも微々たる割合しか占めていない有機農業は視野に入ってこないのかもしれません。
 新聞に出る検証専門家は、この方向には全く触れていません。しかし、国民の安全で品質の高い農産物に対する要望は高く、いろいろなアンケート調査でもはっきり出ています。詳しい制度設計は分かりませんが、農薬と化学肥料を使わない農業が直接支払いで保護すべきもう一つの方向です。
 有機農業が地域の、いわゆる地産地消の求める姿であることははっきりしています。とすれば、国際的に品質と価格で勝負できる農家を育てると同時に、地域ごとに特徴ある有機農業を育成すること、この複線的方向が自由化後の日本の農業ではないかと思います。
 コメも野菜も、地域で採れた安全でおいしい、という価格とは異なる価値と競争力を追求すれば、国民のニーズに沿うことになります。今までの歴代の農業白書には書かれなかった、この日本農業の傍流を主流と位置づけることこそ、農業開国をチャンスとする改革です。これは、国土全体の環境の保全や食の安全、国民の健康向上など、今後の社会が求める様々な価値を実現していく方向です。そのためには、農水省と農協をはじめとする既存の農業界ではなく、消費者も含めた全体の議論となるべきです。
 将来のビジョンを打ち出すことが必要です。高い関税をかけて、消費者に農家の所得維持を押し付けている仕組みはこの際ご破算にして、白いキャンバスを新たに用意して国民の声を取り入れた新しい絵を描くべきです。

 完全自由化となった時、自然農業によるコメは、価格差に負けずに地域で消費されるだろうか――簡単に言えば、これがTPPの問題です。