ゲバラとキューバの有機農業

はてな」がよかった

 私のブログは「hatena」という名称です。通常は「はてなダイアリー」といいます。余り知られていないので、はてな? さてな?と思うかもしれません。ITの専門家が使うブログは圧倒的にこの「はてな」が多いそうです。日本のブログの開拓者で、それだけに技術的に高く、人数を多く集めればいいというブランドブログとは違った所があるそうです。
 しかし、そのようなことは私にとっては余り重要ではありません。はてなを選んだ理由はただ一つ、出来合いのデザイン(テンプレートといい言わば既製品のこと)で、文字が大きいのがあったからです。有名ブログはいずれも文字が小さく、不満でした。その点、この文字の大きいデザインは気に入っています。
 それにしても人気のあるブログの、重装備、満艦飾のページはとても読んでいられない。文字が小さいうえ、いろいろな仕掛けがあり、迷路に入っていくような感じがします。私のブログは技術が伴わないせいもありますが、シンプルで読みやすくが第一です。文字が大きい高齢者バージョンが少ないのは、ブログのデザインを考えている人間が若い人で、そこまでの配慮が行き届いていないからではないかと思います。
 各パーツの位置を動かし、テーマの分類箱であるカテゴリーを設け、ようやく最低限の体裁が整いました。コメントへの返信をどう設定するのかが、まだよく分かりません。少しずつ修正を加えていきます。

ゲバラブーム

 さて、いま再びというか、何回目かのゲバラブームです。今回は、カストロとともにキューバ革命を成功に導いた、チェ・ゲバラ(1928〜67年)の生涯を映画化した2部作『チェ―28歳の革命』と『チェ―39歳別れの手紙』が、昨年12月に上映されたことが、流行の一つの原因となっているようです。映画の内容は宣伝によると、第1部が1959年のキューバ革命に至る闘争と64年の国連総会演説まで、第2部がボリビアでの革命ゲリラ戦で囚われ処刑されるまでを描いています。原作は、1997年アルゼンチンで出版され各国でベストセラーとなった『チェ・ゲバラ 情熱の人生』で日本でも翻訳が出ています。
 ゲバラの本が初めて日本で刊行されたのは、死後間もない1967年、68(昭和43)年には、『日記』がいくつもの出版社から競って刊行されました。私は、その時学生で、朝日新聞社版を読んだ記憶があります。

 ゲバラがブームになる時は、世界を支配する大きな力に対する抵抗が現れる時で、そこから生じる無力・閉塞を打ち破る精神的支え、シンボルとなりました。私が読んだ時も学生運動が世界的に高揚するさ中の時、そして今グローバリズムが崩壊する中でそのきしみに人々が押しつぶされる圧力に立ち向かう時、そういう時、ゲバラは現れ若者を鼓舞するのです。その外見、容姿・風貌と神話化された生涯は、どんな俳優も再現できないカリスマ性であり、今回の映画もそれを証明するものであったようです。写真展を見た若者の一言「実物の方が圧倒的にカッコイイ」。いくら撮影で25キロ絞ったとは言え、あの体躯では……。

キューバ有機農業

 この記事の目的はゲバラではありません。ゲバラは、私にとっては青春時代の懐かしい思い出ではありますが、今を読み解く直接の関心の対象ではありません。キューバは現在、世界最先端の有機農業国家となっているのです。それがゲバラの批判した帝国主義の皮肉な結末によってもたらされた結果として。
 写真の記事を書いたのは6年前の平成14年10月26日。現在は休刊となっている「日高ふじん新聞」の相川さんからの求めで書きました。当時、この本のことは知っていましたが、原稿を書くためにしっかりと読みました。この原稿を書くことで私は、一層農業に対して地域に対して自覚的に考えるようになりました。以下、再録です(一部語尾の修正をしました)。

安全・健康な自給農業に目覚めてい<社会―吉田太郎『200万都市が有機野菜で自給できるわけ』を読んで

 90年代はじめにキューバから筏でアメリカ南海岸に脱出するニュースをよく聞いたことがある。89年にソ連が崩壊し、アメリカは目の上のたんこぶのカストロ政権を倒すチャンスとばかりに、キューパ独立2年後から始めた経済封鎖を強化した。
 その結果、キューバは食料、生活物資が極端に不足し、経済縮小を余儀なくされた。何せ食べるものが無くやせ細る一方で、平均体重が10キロも減ったという。逃げ出したくなるのも当然というものだ。
 食物が無ければ自分達で作らざるを得ない、逃げ出さなかった人々はこの単純な行動を起こした。吉田太郎著『200万都市が有機野菜で自給できるわけ―都市農業大国キューバリポート』(築地書館、2800円) は、キューバ国民が災い転じていかに福となしていったか、人々の行動を農業専門家の目を通して克明にリポートしたもめである。
 ソ連崩壊前は砂糖とニッケルをソ連に売り食料は輸入に頼っていた。いたれりつくせりの配給制度で何でも与えられていた。野菜を食べる習慣もなく、いわんや汗水流して作る気もなかった。肉と脂肪の飽食の人々、ハバナの都市佳民は何をしたのか。
 ハバナの土はやせていて栄養分が極めて少ないので、ブロックや石や板の囲いに堆肥を入れ有機質化させる[特製]の畑をありとあらゆる空き地に作った。パティオ(中庭)は果樹園に変わりトリやブタの飼育場になった。`
 背に置は変えられないと市民の自然発生的行動から始まった食料生産は、カストロの号令で国有地の貸出しが始まると爆発的広がりとなった。最大の人間を抱える隼も自給に乗り出し、模範的推進者となっていった。94年農業省とハバナ市政府によってハバナ都市農業グループが設立されると、野菜の地域自給の組織的活動となって、与えられるだけだった市民の生活と意識を確実に変えていった。
 これは感動的レポートである。正直言ってアメリカからあれほど不当にいじめられている国がなぜ明るく生き延びているのか漠然とした疑問を持っていたが、こんなからくりがあるとは知らなかった。ニュースはアメリカ経由で入ってくるのがほとんどだから、市民の本当の姿はなかなかわからない。
 特に私の興味を引いたのは、共産圏一の豊かな配給生活に憤れ、農業など一顧だにしなかった人々が目覚めていく過程だ。
 耕作適地が少なく、ソ連からの農薬、化学肥料も途絶えた中で必然的に無農薬・無化学肥料栽培にならざるを得ないが、経験も技術もない。ただもう試行錯誤と創意・工夫があるのみなのだ。そして既存の農家も、失業でやむなく新規参入した農家も、白然の摂理、作物の生態をじっくりと観察し、資材がなければ伝統技術とあるものを使って有機農業の経験を積んでいった。アメリカの研究者も「窮乏する中での創意・工夫が、金や機械がなければ農業はできないという神話を覆した」と評価したという。
 観察と創意・工夫こそ私は人間の最も素晴らしい行動の一つだと思っているので、農家のそれが農業研究機関、行政をも巻き込んで社会化していくプロセスは、社会体制が違うんだという声がどこかから飛んできても、これは素晴らしいことなんだと言いたい。
 技術的な面から言えば、特に土造りをどうしているのか関心を持った。それもある予見を持ってである。出てくるか、いつ出てくるかという期待のようなものを持って。
 私も無農薬・無化学肥料農業を小規模ながら実践している。日本の三つの農業理論に、韓国の趙漢珪氏が独自の改良を加えて創った「自然農業」である。
 簡単に言えば、その土地に住む土着の微生物の力を最大限に発揮させてやって土を豊かにさせ、害虫・環境変化に強く自然の旨味をじっくりとため込む作物を作る方法だ。微生物を培養・パワーアップする過程で、サトウキピの黒砂糖で抽出した天恵録汁という植物液を使う。私の期待は、もしかしたら黒砂糖が同じように使われているかも…ということだったが、それはなかった。微生物の利用も農薬に代わる防除的使用のみのようである。
 キューバの土造りの主役はミミズである。世界に6000種いる中から2種を選び、飼育しているという。著者は詳しく説明していないが、ミミズに有機物を食べさせ出てくる排泄土壌を、最初に書いた特製の畑に投入するのだと思う。ミミズも自然農業では畝の徹生物相を豊かにする小動物として位置づけられている。手法的には「自然農業」そのものであって、私は心から親近感を覚えた。
 キューバは亜熱帯だから作物の生育はいいはず、みみず土壌の堆肥栽培だけで高品質の野菜ができそうだ。それにキューバ土着の微生物を組み合わせればこれは究極の無農薬・無化学肥料野菜ができそうだ。              
 さてハバナ市民は、ソ連崩壊前には想像もできなかった新鮮で豊富な野菜を作り食べ、健康を取り戻すと考え方まで変わってきたことに気付くのだ。
 ハバナの至るところに出現した畑(都市域の何と4割が耕地になった)は都市の景観を変え、都市緑化の考えに新たな思想を吹き込んだ。薬が途絶えたので園芸農業によるハープを使った白然医療、ガソリンがないから自転車、同じく自然エネルギーによる電力、農業に還元するリサイクル、環境教育が行き届いたコミュニティ……。
 著者自ら「いささかエピソードを盛り込みすぎた」と言うように、我が日本からするとユートピア的ともいえるキューバの社会改革がたっぷりと披露され、それに呼応する世界の動向が併せて報告される。
 キューバが都市農業で今最も世界で注目されているのは、安全・健康な自給農業が社会に及ぼす影響という文明的な試行を机上の理論ではなく、実際に推進しているからであろう。いや「試行」ではなく、現実の生活そのものであるわけだ。それも狭い限定的なものではなく、220万都市全域、国家全体としてのものだけに、「持続可能な社会」「地球環境の維持」という大テーマとの連続が実感できるのだ。
 読んでみるとわかるが、今われわれが議論している地方自治、地域の問題にストレートにつながっており、何ら違和感がない。体制の違いをいえば、むしろ政治的夾雑物がないだけに試行と結果の因果がわかりやすいとも言えるのではないだろうか。
 著者は「あとがき」でこの本で伝えたかったメッセージを二つ挙げている。
 一つは、持続可能な地域造りには自給が欠かせず、それは都市においても例外ではない、ということ
 もう一つは、キューバを通して実は日本の未来をえがきたかった、ことである。
 私は、本書がこの二つのメッセージを効果的に発することに成功していると思う。私白身は十分触発された。