巾着田に赤いかぶとむし

 日曜日、巾着田の畑で麦まきをしていたら、聞き慣れない自動車の爆音が聞こえました。普通の車の音とは異なる何と言うか、ぼろい音です。オートバイでもないけれど2サイクルエンジン特有の音です。その方向を見ると、目の前の巾着田進入路を赤いかぶとむしが走って行きました。
“かぶとむし”とは、私たちの年代の者ならよく知っている軽乗用車「スバル360」です。昭和30年代半ばに売り出され、初めての軽の大衆車としてモータリゼーションの先鞭をつけた車です。
 中学生のころ、修理工場をやっている家の友人がよく無免許で乗りまわしていて、それに乗せてもらったことを覚えています。田舎の砂利道でのふわりとした乗り心地の良かったことの感覚が残っています。
 これはめずらしい車が走っているなぁと、手を休めて走っていく先を見ました。料金所の前で躊躇して、管理事務所の傍に車を止めました。運転手はカメラを肩に河原に降りていきました。あの様子では長居はしないだろう、すぐ引き返してくるとみました。
 「ようし」と思いました。心は「来たら止めよう」です。
 さぁ、戻ってきました。私は土かけをしていた熊手を放り出して、長靴をどたどたさせながら道路中央に飛び出し、両手を広げ“通せんぼ”の格好で立ちふさがりました。
 運転手は車を止め、エンジンはかけたまま降りてきました。
 「めずらしい車を乗っているねぇ」
 「いやぁ、ぼろ車で」
 「ぼろなのがいいよ。それに、赤いのはめずらしい」
 と、こんな話で、私よりも少し若い運転手との会話が始まりました。もちろん、その時、デジカメを持っていたので写真を撮り、ブログに載せることも話しました。


 写真を撮るとき、運転席にどうぞと言われての1枚。カシオの新しいデジカメを紛失して以来、息子が使っていた古いので撮っています。液晶が映りません。運転手氏はメモリーカードを抜いて、自分の同メーカー35ミリデジカメで確認してくれました。
 「それにしても、めずらしい。1年に一度見るかどうかだ」
 「飯能にも一人所有者がいます」
 この赤いカブトムシの持ち主は入間市在住で、時々日高に写真をとりに来るとのこと。
 「家族用には今の車があります。家族は恥ずかしがって乗りません。ぼろですし」
 そういえば確かにぼろです。バンパーは半分に折れそうで針金で止めてあるし、メッキ部には錆が浮き出ています。
 こういう骨董品的車の持ち主は大体、可愛さと大事さ余って、車への態度がにじみ出てきます。メーカーにはすでにない部品を探し出し再整備、もったいなくて雨の日には絶対に走らない。しかし、この運転手氏は違うらしい。
 ぼろでもエンジンさえしっかりしていればいい、自分はこの車が好きで足に使いたい、それだけだという。維持のコツは1週間に一度でも車を動かすこと。そのために休日にこの赤いカブトムシを駆ってドライブし、写真を撮る――古いものを活かし実際の生活の中で使っていく姿勢に好感が持てました。
 ポンコツ農機具を面白がって使っている自分と同類と見たためかもしれません。