タネまきが楽しくなる本①―『捨てるな、うまいタネ』

 最近はあまり本を読まなくなりました。少し前まではコーヒーショップやファミリーレストランで空いた時間に集中して読んでいましたが、そういう時間が取れなくなってきました。テレビを見ていたら瀬戸内寂聴さんが、毎日本を読むことが自分の創造力の源泉、とかいう内容のことを言っていました。
 この大作家にして読書が重要な日課になっているわけです。大作家を引き合いに出すのはおこがましいのですが、心当たることを感じる時もあります。畑や田んぼに出ている時が一番楽しいのですが、それだけだと頭がしなびていくことを感じる時があります。作物も水がなければ育ちません。脳みそも放っておくとしわが緩んでいくのかもしれません。
 しかし毎日“読んで”いることは読んでいるのです。枕頭の書です。私の枕頭の書は農業書です。昔は釣りの本でした。釣りの本を読んで、やまめがつれた瞬間の手ごたえを想像することが最良の睡眠剤でした。
 今は、自然農業や関連する本を“読んで”(5分長くて10分)、あれこれを作ろう、こういう工夫はどうかなど頭中の計画をいくつか描けば、本が落ちてきます。手に取って読むのですが、数分もすると、顔の上にどさりと本が落ちて来ます。したがって読むと言っても毎日同じところを読んだり読まなかったりと1冊を読み切るに時間がかかります。
 顔の上に落としながら毎晩5分読んでようやく読み終えた本があります。『捨てるな、うまいタネ』藤田雅矢著、WAVE出版。カバーに「そのタネ、まいたら芽が出ます」「食べたらまこう!」「こんなに楽しいこと、知らなかった」「今すぐタネがまきたくなる本」などのキャッチコピーが散りばめられています。
 この本はブックオフで105円で買いました。ブックオフは大した本はない、という昔行った経験からの先入観があって飯能に店が出来ても行ったことはなかったのです。ところが最近、92歳の母親が本をまとめて買いに行くお伴をしていくことが何回かありました。
 母親は動物の本や伝記が好きで、一回に十数冊も買います。105円の本だけで、決してそれ以上の値段のものは買いません。大体の見立てをしてやってその中から選びます。選んでいる最中に私は自分の本を探します。この本はその時に買ったものです。
 昔と違ってブックオフは今は商品数が多い大書店です。背文字をダーッと追いながら棚を見ていたら、私の視線がピタリと止まりました。止まった先がこの『捨てるな、うまいタネ』でした。

 自分の関心分野でもあるからですが、編集者としての勘です。いい本だろうという。当たり!面白い本でした。食べた後、タネは捨てるのが当たり前であり、それに何の疑念も抱かないが、捨てるタネには宝が隠されている、捨てないでタネをまけばいろいろな宝物が発見できることを教えてくれる本です。
 捨てていたタネの「芽が出る」ことから開ける植物の世界、究極の地産地消、自分でできるタネとりなど、タネの本質からタネビジネスのことまで、通常は見えないタネにまつわる世界のことが明らかにされていきます。
 本のカバーにある通り、本当にタネをまく気にさせる、面白い楽しい本です。私自身はもうすでに実行していることですが、それは最初から、再生産という明確な目的でやっています。思いがけないタネとの出会いは、それが食べた残りかすであるからこそです。
 ちなみに、アマゾンでの読者評価を見たら4つ星半、14人の読者がよい評価を寄せていました。1300円を105円で手に入れた掘り出し物発見の嬉しさを味わわせてくれた、そして私のタネ取り世界が広げてくれた、いい本でした。
 著者はタネの専門家であり、また小説家でもある京都大学卒の農学博士。ファンタジーノベル大賞も受賞しています。それで分かった、この本は第一次原稿執筆者が別に表記されていますが、著者の藤田雅矢氏が総監修となっていることは、文章の校閲から表現まで氏が手を加えて、この面白さが成った本であることです。イラストからカラーのタネまき日記、装丁からDTPまで総勢6人の名前。編集と制作のいいコラボレートが感じられる本でもありました。